》〉》〉》 2017年7月例会 《〈《〈《

俳優座公演 『春、忍び難きを』

夫と息子と農耕馬を戦に取られた村では、

女たちが日本中の食卓を支えていた。

昭和二十年、敗戦の年の十二月。

この年は、半世紀に一度の大凶作だった。

信州、松本近郊の里山辺の丘陵地にある庄屋。望月多聞は

この地の村長であり、名士であった。

敗戦、

食糧難などの事情で望月家の子供たちやその家族が帰郷してくる。

しかし望月家の跡継ぎである次男。二郎は

まだ戦地から帰還していない。

やがて農地改革の波がこの地にも押し寄せてきた。

農地改革や教職追放などでおびえる男たち。

女たちはそんな男たちをしり目に

黙々と農作業に精を出して、働いていた。

 

一年が過ぎて、

食料を目当てに帰郷した子供と家族たちは、

村を去り季節のない都会へ帰っていき、

戦後が始まったが…

春、忍び難きを 俳優座公演 忘れてはいまいか
春、忍び難きを 俳優座公演 キャスト 出演
 

719()

720()

721()

722()

723()

13:00

13:00

13:00

18:30

18:30

会場

安佐南区民文化センター

アステールプラザ 中ホール

希望日締切 6月22日(木)   座席シール発行 7月4日(火)

いつも土と会話をしてるから、言葉にする必要がないわけです

渡辺 農業って大変だけど、おもしろいんですよ。すべての耕作地は、人間が作ってるんですよ。人が手を加えてビルを建てるように田んぼを作り、水もあげて川を作り、頭と身体と積み重ねられた知恵でつくった芸術なんですよ。細密画を描くような仕事が農業でしょ。でも、農民はサヨみたいに無ロですから説明しないじゃない。いつも土と会話をしてるから、言葉にする必要がないわけですよ。だから、農村の戯曲も書かれない。この戯曲でおもしろいのは、

この登場人物ひとりひとりに存在感がある。全員ちがう考えを持っている。でも、悪役がいない。みんな事情を抱えていて、その事情が痛いほどよくわかるから、泣けるんですよ。国策や時代の流れで、個人が人生を選ばされている。

――― ◁▷ ―――

人間の知恵って学校教育ではなくて個人の持っているものなんだと

渡辺 でも、憐さんがね、字が書けないサヨに「高倉テル」と書かせたのは、感動しましたね。これは、女性にとって有難いです。つまり、人間の知恵って学校教育ではなくて個人の持っているものなんだと。学校で文字を勉強したから頭が良いというわけじゃなくて、田畑に汗した結果、人格というものを女性が持って、批判精神を持ってるですよね。

――― ◁▷ ―――

でも、現在から見ると、あの男が一番の悪玉なんですよね

 

渡辺 この戯曲を読んで今日に続いてるんだと感じました。たとえば、三郎は共産党になったり、転向したり、農薬売ったり猫の目みたいに変わる。あんな人が戦後、会社の社長になったんですね。農薬で大変なことになったりしたこの先の日本を知っているだけに、三郎って存在は切ない。もし、「蟹工船」だったら善玉の役じゃないですか三郎は。でも、現在から見ると、あの男が一番の悪玉なんですよね。その構造も見えますよね、この戯曲で。ものすごい幅のある人間関係がおもしろいですね。大学教授が書いた本を、学徒兵が読んで自分を納得させて出撃していったというくだり、悲しいですよね。私の父なんかもね、高村光太郎の詩を読んで、「戦うんだ、自分は死んでも怖くない」。ロから臓物が出るような死への恐怖を、光太郎の詩で乗り越えた。それぐらい文字、思想っていうのは大事じゃないですか。「天皇陛下のために死んで来い」って、ピエロみたいな大学教授が書いたという話、切ないですね。この芝居には登場しないけど、葛西先生の奥さんの清子がおもしろくて。私と重なるんですよ。地方から出てきて、都会で活躍している人の代表。清子みたいな人たちが東京をつくってるんですよね。松本にやって来ないじゃないですか、自分の親が作った米を食べているのに。で、その清子を出さないという憐さんのセンスがいいと思ったの。よく、一晩の芝居で、ここまで日本の縮図を書いてくれたなと思って。

(劇団パンフレット斉藤憐 渡辺えり対談より抜粋)

 

後援:広島市・広島市教育委員会